ちいさな工房の毎日を綴ります。
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「ふつうの木工家?のふつうの日々」

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2006年12月02日

旧友来る

以前、童具デザイナーの和久洋三先生のスタッフをしていた頃、職務でおつき合いがあった童具の制作している木工所の社長、ちなみに同学年の四十前同士が、仕事の打合せにかこつけて(夕食のお酒の席で聞くと、どうやら本当にかこつけてだったらしい……。)わざわざ朝一の飛行機で訪ねてきてくれた。

たまたま彼の会社にローテーブルの制作の依頼があって、その時に自分の顔がふと思い浮かんで、数年ぶりに連絡をくれて、ついでにその仕事の依頼もくれて、ついでに数年ぶりに顔を見に来てくれた。

そんなことで打合せはそこそこ、時が飛んで、久しぶりの再会での夕食に、地のお好み焼き屋さんへ。

そんな酒の席での話になるが、
仕事でおつき合いがあった当時は、お互い今より尖っていたのと、職種上の立場の違いから、話が噛み合わず言い争ったことがあったらしい。
今でもそうだが、それ以上に二十代の頃は、屁理屈こね回して人からちょくちょく疎まれていたので、それがある意味当たり前だったこともあり、そうするとそんなこといちいち覚えていられないので、そうだったっけと、うそぶいてみると、なんたって自分のことをあの頃は嫌いだったとまで言い放ちやがりましたからね。

それが、数年経って、お互い立場も意識も少しは変わったのか、成長したのか、きちんと会話が成立している。
彼曰く、会話のキャッチボールができるようになったと。
久しぶりに会うと、よく少しは丸くなったと言われるが、年齢的なことで勝手に丸くなったという訳でなく、もう一歩前に進めるよう、自分としても少しは心掛けているつもりでもあるのだが、やっぱり歳のせいか。
それでもいい意味で変わってないとも。
ある意味、譲れないところが強くなった分、譲れるところもまた多くなったのかもしれない。

話の内容はオフレコであるが、話していると、どうもこのタイミングで彼とこうやって話さなければならなかったことのように思えてくる。
人と人との関わりの中で、自分の立ち位置のようなものを感じえざるえないような……。
それは一見、たまたまのようでありながら、一方で必然だったのかもしれない。

まあ、それはちょっと考え過ぎかもしれないな……。今日はそんなとこ。

投稿者 KAKU : 2006年12月02日 23:59

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